大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成2年(ラ)79号 決定

抗告人 甲野花子

右代理人弁護士 中山哲

相手方 株式会社甲野

右代表者代表取締役 甲野一郎

〈ほか五名〉

右六名代理人弁護士 岡田尚明

同 西出紀彦

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

二  まず、抗告人が、本件仮処分申請について申請人適格を有するか否かについて検討する。

1  記録によれば、次の事実が認められる。

一 相手方株式会社甲野(以下「相手方会社」という。)は昭和三七年一一月一九日に各種袋物等の製造販売を目的として設立された株式会社であり、その発行済株式数は設立当初から現在まで一万株である。

相手方会社の代表取締役であった甲野太郎(以下「太郎」という。)は平成元年四月二四日に死亡したが、その当時における相手方会社の取締役は同人のほか、相手方甲野一郎(以下「相手方一郎」という。)及び乙山松子であり、監査役は丙川竹夫であって、いずれも昭和六二年九月三〇日に右各地位に就任した。

太郎死亡当時及びそれ以降の相手方会社の株式名簿には、五五〇〇株が太郎の持株とされ、その余は相手方一郎、相手方甲野春子及び相手方会社の取引先等の持株として記載され、実際にも相手方会社の株式の所有関係は右株式名簿に記載のとおりであった。

太郎の相続人は、妻である抗告人、子である相手方一郎及び丁原秋子の三名であるところ、抗告人は、相手方会社の株式一万株の全部が名義の如何を問わず太郎の遺産であると主張して、他の相続人を相手方として大阪家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てているが、太郎名義の五五〇〇株についても抗告人と他の相続人との間に分割協議が成立しておらず、また右五五〇〇株につき右相続人間において商法第二〇三条第二項の「株主ノ権利ヲ行使スベキ者一人」(以下「権利行使者」という。)を誰にするかについての合意も成立していない。

二 相手方会社の商業登記簿には、平成元年七月七日付で同年六月一一日に相手方一郎及び乙山松子が相手方会社の取締役をそれぞれ辞任するとともに、相手方一郎、相手方戊田梅夫及び甲田菊夫が取締役、相手方一郎が代表取締役に就任した旨の記載があるが、相手方会社においては同年六月一一日には株主総会はもとより取締役会が開催された事実はなく、右登記は相手方一郎において、太郎死亡による代表取締役の欠員の補充を税理士に勧められて、右登記に副う内容の書類を形式的に作成してなされたものであった。

そこで、抗告人は、平成元年九月一三日、太郎の相続人として、相手方会社の発行済株式一万株について法定相続分の二分の一の株式を取得したとして、株主としての地位に基づいて、相手方会社を被告として、相手方一郎ら三名の取締役選任にかかる右株主総会決議の不存在確認請求訴訟を大阪地方裁判所に提起するとともに(同裁判所平成元年(ワ)第七四二二号事件として係属)、同日右訴訟を本案として、相手方一郎ら三名につき代表取締役・取締役の職務執行停止及び職務代行者選任の仮処分申請をし、同裁判所平成元年(ヨ)第二七一九号として係属した。

三 そこで、太郎死亡当時に相手方会社の専務取締役の地位にあった相手方一郎は、抗告人からの前記株主総会決議不存在確認請求訴訟及び代表取締役又は取締役の職務執行停止等の仮処分申請への対応として、相手方会社の取締役等の選任を定款に従って適法にし直おそうと考え、平成元年九月二〇日、太郎死亡当時の取締役による取締役会を開催して、取締役四名及び監査役一名の選任等を議案とする株主総会の招集を決定し、同月二一日、相手方会社の株主名簿に記載の株主に対し、開催日時を同年一〇月七日午前九時とし、右取締役及び監査役の選任等を議案とする株主総会開催の通知を、それぞれ右株主名簿記載の住所に宛て発送した(なお、太郎についても、当時死亡していることを承知していたが、商法第二〇三条第二項所定の手続がとられていなかったため、同様の処理をした。)。

相手方一郎の招集した右株主総会は、平成元年一〇月七日、太郎を除く株主名簿記載の株主全員が出席し(委任状による出席者を含み、その所有株式の合計は発行済株式総数の四五パーセントに当たる四五〇〇株であった。)、相手方一郎、同甲野春子、同甲野五郎、同戊田梅夫をいずれも取締役に、相手方戊田冬夫を監査役に、それぞれ選任し、引き続いて開催された取締役会で相手方一郎が代表取締役に選任され、同日付でその旨の登記もなされた。

四 ところで、相手方会社の定款においては、株主総会は取締役会の決議に従って社長が招集し、社長に事故あるときは専務取締役又は常務取締役がその順に従って招集することとされ(第一四条)、株主総会の決議は、法令に別段の定めある場合を除き、出席株主の過半数の株主の議決権の過半数をもって決するが、取締役の選任決議をなすには、発行済株式総数の三分の一以上に当たる株式を有するものの出席が必要とされ(第一六条)、取締役会の招集者及び議長は取締役社長が当たり、社長に事故あるときは専務取締役又は常務取締役がその順に従ってこれに代わるものとされている(第二八条)。

五 抗告人は、平成元年一一月一日、前記株主総会決議不存在確認請求訴訟において、その請求について、平成元年一〇月七日の取締役選任の株主総会決議不存在確認請求を追加的に変更する旨の申立をするとともに、右追加した株主総会不存在確認請求を本案として、相手方らに対し、代表取締役・取締役・監査役としての職務の執行停止と代行者の選任等を求める本件仮処分申請をした。

2  抗告人は、相手方会社の発行済株式一万株は、太郎以外の者の名義になっているものも含めて、その全部が太郎に帰属すると主張するが、右主張を認めるべき適確な資料はなく、相手方会社の発行済株式は、右に認定のとおり、相手方会社の株主名簿に記載されているとおりの所有関係にあって、太郎の所有株式は五五〇〇株であったものというべきである。

そして、太郎が所有していた右五五〇〇株については、未だ太郎の相続人間に遺産分割協議が成立していないのであるから、抗告人を含む相続人の準共有の状態にあることになる。

3  ところで、株式を相続により準共有するに至った共同相続人は、商法第二〇三条第二項の定めるところに従い、右株式につき権利行使者を定めて会社に通知し、この権利行使者において株主権を行使することを要するのであり、この理は、右共同相続人が準共有株主としての地位に基づいて株主総会の決議不存在確認の訴えを提起する場合も異ならないから、権利行使者としての指定を受けてその旨を会社に通知していないときは、特段の事情がない限り、右訴えの原告適格を有せず(最高裁判所平成元年オ第五七三号・平成二年一二月四日第三小法廷判決参照。)、したがって、右訴えを本案訴訟とする、商法等の一部を改正する法律(平成二年法律第六四号)による改正前の商法第二七〇条第一項による取締役の職務執行停止又はその代行者選任の仮処分申請の申請人適格も有しないものと解されるのである。

これを本件についてみるに、前認定のとおり、抗告人は、太郎が有していた相手方会社の株式五五〇〇株を相手方一郎らと共同相続した準共有者であり、かつ、右株式五五〇〇株については相続人間に権利行使者の指定もなされていないのであるから、右特段の事情のない限りは、抗告人は、本件仮処分申請の本案訴訟を提起する原告としての適格を欠き、したがって、これを本案とする前記改正前の商法第二七〇条第一項による本件仮処分申請の申請人としての適格も欠くものといわなければならない。そして、相手方会社の定款の規定によると、抗告人と相手方一郎らとの準共有となっている太郎名義の株式五五〇〇株を除いても、適法に相手方会社の株主総会を開催し、取締役選任の決議をすることができる関係にあり、実際にも、平成元年一〇月七日の相手方一郎らを取締役等に選任した株主総会は、右定款の規定に従って適法に開催されたことは前認定のとおりであるから、抗告人が、相手方会社の発行済株式の過半数に当たる五五〇〇株の準共有株主であること自体をもっては、抗告人に本案訴訟及び本件仮処分申請における原告適格あるいは申請人適格を認めることを相当とするような特段の事情に該当するということはできないし、他に前記特段の事情を認めるべき資料はない。

したがって、抗告人には、本件仮処分申請について申請人としての適格がないというほかはないから、本件仮処分申請は不適法として却下を免れない。

三 よって、本件仮処分申請を却下した原決定は結論において相当として是認できるから、本件抗告はこれを棄却し、抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 篠原幾馬 裁判官 長門栄吉 永松健幹)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例